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飛鳥時代(3) [まとめプリント]

推古天皇の時代を中心に発展した、日本最初の仏教文化である飛鳥文化を見ていきましょう。



飛鳥3.jpg

これまで、豪族の権威を示すものといえば古墳の造営でしたが、
このころにはお寺を建立することへと変わっていきます。
蘇我馬子は奈良に飛鳥寺(法興寺)を、
厩戸王(聖徳太子)は大阪に四天王寺、奈良に法隆寺(斑鳩寺)や中宮寺(ちゅうぐうじ)を、
弓月君の子孫である秦河勝(はたのかわかつ)は京都に広隆寺(こうりゅうじ)をそれぞれ建立しました。

お寺には、さまざまな建築物が建てられます。
お経の講義などを聴く講堂(こうどう)、
そのお寺で最も主要な仏像である本尊(ほんぞん)を安置(あんち)する金堂(こんどう)、
仏教をひらいたお釈迦様の遺骨である仏舎利(ぶっしゃり)を安置する塔、
それらの周囲をぐるっと囲む廊下である歩廊(ほろう、または回廊(かいろう))、
歩廊の南側についている中門(なかもん)、
中門のさらに南につくられた大きな門である南大門(なんだいもん)、
これら寺院建築物をひっくるめて伽藍(がらん)と呼びます。

飛鳥寺式伽藍配置は、塔を中心に金堂が3つ、
四天王寺式伽藍配置は、すべての建築物がタテ1列、
法隆寺式伽藍配置は、塔が西、金堂が東(塔と金堂が逆になれば法起寺(ほっきじ)式伽藍配置)、
それぞれ形を覚えてください。
この時代は仏舎利を安置する塔が大切なので、塔が中心にきます。
あとはその塔に対して金堂がどう置かれたかで見分けてください。

次に仏像を見ていきましょう。
仏像、好きですか?
見分けがつくようになると好きになりますよ~♪
仏像を6点、見ていきます。

①飛鳥寺釈迦如来像(あすかでらしゃかにょらいぞう)
  飛鳥寺の本尊で、日本最古の仏像です。3m近くあるので、「飛鳥大仏」とも呼ばれます。
  飛鳥寺は写真撮影オッケーなので、飛鳥大仏とツーショットすることができます☆
②法隆寺金堂釈迦三尊像(ほうりゅうじこんどうしゃかさんそんぞう)
  法隆寺の本尊で、真ん中の大きい仏像がお釈迦様で、その両サイドにも2体おられるので「釈迦三尊」です。
  最悪の場合、シャカシャンションジョーとかんでしまいます。
  基本的には非公開なので、なかなか見ることはできません。
①と②の作者は、鞍作鳥(くらつくりのとり、または止利仏師(とりぶっし))の作と伝わっています。
司馬達等(覚えていますか?忘れた人は、552年のゴロ合わせを読みましょう)の孫にあたる仏師です。
いずれも金銅像で、以下の仏像は木像です。
③法隆寺夢殿救世観音像(ほうりゅうじゆめどのくぜかんのんぞう)
  法隆寺式伽藍配置の東に、八角形をした「夢殿」というメルヘンな名前の建物があります。
  聖徳太子の等身像とも伝えられ、長らく秘仏(ひぶつ)として人の目に触れるのことのなかった仏像です。
  およそ450mもの麻布でグルグル巻きにされたうえ、
  鍵のかかった厨子(ずし、仏像を安置するもの)に入れられ、とても厳重に扱われてきたようです。
  もしその姿を見れば、「地震が起こり、この世は滅びる」と言い伝えられていたとか…
  ところが、明治時代、ついに救世観音像の姿が人の目に触れることになります。
  当時の日本は廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)のまっただ中で、仏教に関係するものがどんどん破壊されていました。
  これを憂えたのが、東洋美術史家のアメリカ人、フェノロサです。
  教え子の岡倉天心(おかくらてんしん)とともに、奈良や京都の寺社を調査します。
  そして…法隆寺の夢殿にたどりつき、ついに…厨子の扉を開いて麻布をといたのです!!

飛鳥3-1.jpg

  すると、なかからこの素晴らしい救世観音像が姿をあらわしたのです。
  太陽の光を浴びることなく大切に保管されていたため、金がよく残っているのが分かりますね。
①~③の仏像が、北魏(ほくぎ)様式です。
杏(あんず)の種のなかにある仁(にん)と呼ばれる核(なにそれ…)のような形をした目、
三日月形をした唇などに特徴があるので、プリントの顔に描いてみましょう…

④法隆寺百済観音像(ほうりゅうじくだらかんのんぞう)
  8頭身に近いスーパーモデルばりのプロポーションをした仏像です。
  20年ほど前にルーブル美術館で展示され、パリの人々をも魅了したようです。
⑤中宮寺半跏思惟像(ちゅうぐうじはんかしゆいぞう)
⑥広隆寺半跏思惟像(こうりゅうじはんかしゆいぞう)
  片足をもう一方の足に載せ(半跏)、右手を頬に当てて考えている(思惟)姿をした仏像です。
  ポーズとしては「半跏思惟像」ですが、弥勒菩薩という仏様のようです。
  この2体…見分けがつきにくいですよね……

飛鳥3-2.jpg

  これで覚えてしまいましょう…光背は、仏さまから発する光明(いわゆる後光(ごこう))を表現したものです。
  なお、広隆寺半跏思惟像は宝冠(ほうかん)という冠をかぶっているので、正しくはリーゼントではありません…
  広隆寺の半跏思惟像と言えば、国宝第一号の1つとしても知られる美しい仏像です。

  1960年、美しいがゆえに広隆寺半跏思惟像に事件がふりかかります。

  京都大学の男子学生が半跏思惟像にキスをしようとして仏像の右手に触れ、薬指を折ってしまったのです…

  なにしとんねん…

  そのあと無事にカケラが見つかったので、いまでは修復した場所が分からないほど精巧に修理されました。
  いくら仏像が美しいからといってチューしようとしてはいけません。
  まぁ普通しませんよね。
④~⑥の仏像が、南梁(なんりょう)様式です。
北魏様式にくらべ、おっとりとした雰囲気をもった仏像達です。

では最後に、絵画・工芸を見ていきましょう。
高句麗の僧である曇徴(どんちょう)が絵の具・紙・墨の技法を伝えました。
なので、このころ絵画が描かれるようになります。
たとえば有名な法隆寺玉虫厨子(たまむしのずし)。
小学生・中学生のときに「たくさんのキラキラした虫の羽根をはりつけました」と聞いて戦慄したことでしょう…
きもすぎる…
いまでも現物を見ると、玉虫の羽根を数枚確認することができます。
この玉虫厨子には絵画が描かれていることに気付いていましたか?
有名なのが須弥座(しゅみざ)と呼ばれる台座のサイドに描かれた絵です。
プリントにも載せましたが、これ、「捨身飼虎図(しゃしんしこず)」という3コマ漫画になっています。

捨身飼虎図.jpg

主人公はお釈迦様の前世です。
あるとき、森を歩いていたお釈迦様の前世。
すると、前方からお腹をぺこぺこに空かせた虎の親子がやってきます。
どうします?
逃げるしかないでしょ!!

そこで、①お釈迦様の前世は、おもむろに服を脱いで木にひっかけます。
次の瞬間!!②「私をお食べ!!」と木からダイブ!!!
③虎の親子「ウマー!!!」、お釈迦様の前世「ギャー!!!!!」

という絵です。
アンパンマンちゃうねんから…と突っ込みたくなりますが、
お腹を空かせた虎の親子に慈悲をみせたお釈迦様の前世の物語が描かれています。

あとは、中宮寺天寿国繡帳(ちゅうぐうじてんじゅこくしゅうちょう)を見ましょう。
厩戸王(聖徳太子)の死後、奥さんの橘大郎女(たちばなのおおいらつめ)が、
「夫が往生した天寿国はきっとこんな感じなのね…」と、下女たちに刺繍させたものです。
「世間虚仮(せけんこけ)唯仏是真(ゆいぶつぜしん)」という厩戸王(聖徳太子)の言葉も書かれています。
「この世にあるものはみな仮のものだ、ただ仏教のみが真実だ」という意味です。
文字や人間のほか、カメの姿も刺繍されています。
ちなみに、左上の円の中にいる筋肉りゅうりゅうの動物は何か分かりますか?

そう…うさぎちゃんです。
めっちゃマッスル…

このうさぎちゃん、何をしているか分かりますか?
円は月をあらわしているので…うさぎが月でやることと言えば…

もちつき!

と、思いきや、このうさぎちゃんは不老不死の薬をつくっています…
なんか横に葉っぱもありますもんね…

のちのち満月を望月と呼ぶことから、うさぎちゃんは月で餅つきをしている、と変化したようです。

それでは、長くなりました。
解答を載せて終わりましょう。

飛鳥3解答.jpg



次回は、大化改新を取りあげます。

画像出典
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E9%9A%86%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BE%E6%B8%88%E8%A6%B3%E9%9F%B3
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%AE%AE%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E9%9A%86%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E6%9F%93%E7%B9%94%E5%B7%A5%E8%8A%B8
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