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平安時代(4) [まとめプリント]

前回に引き続き、弘仁・貞観文化を見ていきます。



平安4.jpg

まずは建築です。

弘仁・貞観文化で覚えるべき寺院は1つ、
奈良にある室生寺(むろうじ)です。

奈良といっても、東大寺や興福寺がある奈良市ではありません。
室生寺は、そこから電車とバスを2時間ほど乗り継いだ、宇陀市(うだし)の山の中にあります。
山の中ですので、「○○式伽藍配置」というような形式は通用しません。
プリントにある①室生寺金堂や②室生寺五重塔は、
山の地形に応じた場所に、点々とつくられています。

このころには、檜皮葺(ひわだぶき)や杮葺(こけらぶき)の屋根がつくられるようになっています。
檜皮葺というのは、漢字のまんま、檜(ひのき)という木の表面の皮を、屋根として重ねていく技法です。
一部分だけ見ると、こんな感じです。
DSC01773.JPG
うすくスライスした檜の皮を、ずらしながら積み重ねていっている様子が分かりますか?
プリントにある②室生寺五重塔の屋根はまさにこの檜皮葺です。

ちなみに、室生寺五重塔は高さがおよそ16mと、屋外にあるものとしては日本で1番小さい五重塔です。
あまりの小ささに、「空海が一晩で作り上げた」、なんてウワサもあったりします…
前回に引き続き、空海の豪腕っぷりがハンパない…(笑)

一方の杮葺は、杉などの木でつくった2ミリほどのうす~い板を、
屋根になるよう、ずらしながら積み重ねていく技法です。
プリントにある①室生寺金堂は、もとは檜皮葺であったようですが、現在はこの杮葺です。

なお!
「杮(こけら)」の漢字は、くだものの「柿(かき)」という漢字とは異なります。
「柿(かき)」は9画ですが、「杮(こけら)」は8画なのです!
いや~…見た目は同じなんですけどね~…
一体どこが違うのかは、一番下にある解答のプリントでご確認下さい~。

続いて、書道を見ていきましょう。

弘仁・貞観文化のころ、3人の能書家(のうしょか)が活躍します。
能書家というのは、字がめっちゃきれいな人のことです。

嵯峨天皇
空海
橘逸勢(たちばなのはやなり)、

彼らをまとめて三筆(さんぴつ)と呼びます。
プリントで、3人が書いた文字を見てみてください。
なんか分かりませんけど、字、めっちゃきれいですよね!
彼らに共通するのは、唐風(とうふう)の力強い文字を書く、ということです。
なんか分かりませんけど、そういうことなんだそうです!!
(書道を習っている人になら分かることなのでしょうか…私にはサッパリです!!)

ところで、前回もチラっと登場した「弘法にも筆の誤り」という言葉、ご存知ですか?
「どんな達人でも、時には失敗することがあるサ!」という意味のことわざです。
弘法とは、弘法大師、そう、空海のことです。
空海が字の達人だということが、ことわざとして今に残っておるのです。

では、空海は得意の筆で、一体何を誤ったのでしょうか?

平安京の大内裏の中に、朝堂院(ちょうどういん)という重要な建物があります。
その入り口にあるのが、応天門(おうてんもん)という門です。
現在、京都にある平安神宮(へいあんじんぐう)の正面の門として、復元されています。
DSC00477.JPG
こんな感じです。
ただし、5/8スケールでの復元ですので、オリジナルの応天門はもっと大きかったようです。

あるとき、達筆で知られる空海は、この門の正面を飾る看板に、「応天門」と書くよう依頼されます。
↓ これです、これ。
DSC00478.JPG
「応」の漢字は、昔の難しい「應」の漢字になっていて、「應天門」と書かれているのが分かりますね。
空海は、これを書くことになったのです。

空海は、さすがの筆で作品を見事に書き上げます。
そして、完成した看板を応天門の正面にかかげたところ…

ん?
んん??

空海ったら、漢字間違ってるんですよ!
「應」の漢字の「广(まだれ)」を、「厂(がんだれ)」にしてしまってるのですよ!!

いや、フツー1画目から間違うか?というツッコミは置いといて、
空海はこれをすかさず修正します。

看板をわざわざ地面におろして点を書き加えた…のではありません!
まさかまさか、空海は墨をふくませた筆を看板に投げつけて、正しい漢字になおしたのです!!

平安4-1.jpg
出たー!
空海の豪腕伝説パート2!!
(パート1はこちらをご覧ください。それにしても空海ったら色んなもの投げますね…)

これが「弘法にも筆の誤り」ということわざができた由来です。
なお、応天門はのちのち重要な事件の舞台として登場しますので、それまで覚えておいてくださいね~。

ちなみに、空海の書としてプリントで紹介したのは、最澄に送った手紙の一部です。
「風信雲書…」で始まる手紙なので、これを「風信帖(ふうしんじょう)」と呼びます。
「風」の文字は読み取れますね。

次に、彫刻をザッとまとめて見ていきましょう。

①室生寺弥勒堂 釈迦如来坐像(むろうじみろくどう しゃかにょらいざぞう)
②室生寺金堂 釈迦如来像(むろうじこんどう しゃかにょらいぞう)
③神護寺 薬師如来像(じんごじ やくしにょらいぞう)
④元興寺 薬師如来像(がんごうじ やくしにょらいぞう)
⑤教王護国寺 不動明王像(きょうおうごこくじ ふどうみょうおうぞう)
⑥薬師寺 僧形八幡神像(やくしじ そうぎょうはちまんしんぞう)
⑦薬師寺 神功皇后像(やくしじ じんぐうこうごうぞう)
⑧法華寺 十一面観音像(ほっけじ じゅういちめんかんのんぞう)
⑨観心寺 如意輪観音像(かんしんじ にょいりんかんのんぞう)

いずれも、一木造(いちぼくづくり)の作品です。
一木造とは、1本の木を彫って、1体の仏像をつくる、という技法です。
一本造じゃないですよ、一木造ですからね!

また、仏像が身につけている衣服のシワが、
翻(ひるがえ)る波のように美しく表現されているのも、このころの彫刻の特徴です。
これを翻波式(ほんぱしき)と呼びます。

なお、⑥薬師寺 僧形八幡神像と⑦薬師寺 神功皇后像は、神仏習合を反映した彫刻です。
いずれも薬師寺の南門のすぐ前につくられた休ヶ岡八幡宮(やすがおかはちまんぐう)という神社にある、
神さまの像です。
⑥は、八幡神(はちまんしん)という神さまですが、見た目はお坊さん(これを僧形といいます)です。
まさに神仏習合ですね。
⑦の神功皇后(じんぐうこうごう)というのは、倭の五王のちょっと前の時代に活躍した女性です。
実在したのかどうか今でも学説が分かれる人物ですが、
休ヶ岡八幡宮では、神さまとして⑥の隣にお祀りしています。

最後に、絵画を見ておきましょう。

①曼荼羅(まんだら)
漢字、気をつけてくださいね!
2文字目は「茶」ではありません、「荼」です。
くれぐれも「まんちゃら」と書かないように…

密教は、すごく奥が深くてなかなか言葉であらわすことは難しい、ということで、
その世界を目で見て理解できるようイラスト化したものが曼荼羅です。

胎蔵界曼荼羅は『大日経』(だいにちきょう)、金剛界曼荼羅は『金剛頂経』(こんごうちょうきょう)というお経を絵でしめしたものです。もともと別々であった2つの曼荼羅が1つのセットとなり、空海はさらにその考えを発展させ、この2つの界(両界)が、大日如来という仏を中心とした密教の宇宙を表すと考えました。両界曼荼羅はお寺のお堂の壁にかけられ、その前で大事な儀式が行われました。

プリントの左下にあるのが、教王護国寺の金剛界曼荼羅(こんごうかいまんだら)です。
金剛界曼荼羅とは、「金剛頂経」というお経をイラスト化したものです。
9つの正方形が3列ずつ集まって、1つの曼荼羅を形成している様子が分かりますね。
1番上の列の真ん中のブースにいる大きな仏さまが、大日如来です(他のブースにも描かれています)。
大日如来の智徳は金剛石(こんごうせき、ダイヤモンドのことです)のように強いんだ、ということや、
大日如来から修行者にどうやって智徳が流れるのか、などをこのイラストであらわしているのだそうです。

もう一度プリントを見てください。
いま見ていた金剛界曼荼羅の右隣にあるのが、
「大日経」というお経をイラスト化した胎蔵界曼荼羅(たいぞうかいまんだら)です。
こちらも教王護国寺のものです。
真ん中の大日如来を中心に、まわりに小さな仏さまが描かれているのが分かりますね。
胎児がお母さんのお腹のなかで成長していくように、
人間が悟りに進む姿をあらわしているのだそうです。

この金剛界曼荼羅と胎蔵界曼荼羅を、まとめて両界曼荼羅(りょうかいまんだら)といいます。
お寺で密教の法要などをおこなうときに、壁にかけたりするそうです。
弘仁・貞観文化のころの曼荼羅としては、教王護国寺のものと神護寺(じんごじ)のものが現存しています。

ちなみに空海は、イラスト化した曼荼羅をさらに分かりやすくするため、
教王護国寺の講堂に様々な仏像を配置した立体曼荼羅を作っています。
2Dの曼荼羅を、3Dにしちゃったわけです。
これがめちゃくちゃかっこいい!
ぜひ京都に行かれる際はご覧あれ。
プリントの彫刻のところ、⑤教王護国寺不動明王像は、その立体曼荼羅の1つです。

②園城寺不動明王像/黄不動(おんじょうじ ふどうみょうおうぞう/きふどう)
③青蓮院不動明王二童子像/青不動(しょうれんいん ふどうみょうおうにどうじぞう/あおふどう)
④高野山明王院不動明王像/赤不動(こうやさんみょうおういん ふどうみょうおうぞう/あかふどう)

このころ、密教を代表する仏さまである、不動明王(ふどうみょうおう)の絵がたくさん描かれます。
不動明王というのは、目を見開いて、キバを出し、めらめらの炎を背負って表現されることが多いです。
とにかくビジュアルはめっちゃ怒ってます。
それもそのはず、大日如来の怒った顔バージョンだ、とも言われているのです。
②の黄不動は、非公開のため画像がありません。
黄不動をマネして描いたとされるものが、曼殊院というお寺にありますので、
プリントにはそちらをかわりに掲載しています。
なお、③の青不動は国風文化に区分されたり、④の赤不動は鎌倉時代の作品だという説があったりで、
最近はこの2作品はあまり取り上げられなくなっています。

⑤西大寺十二天像(さいだいじ じゅうにてんぞう)も参考までに載せておきました。
9世紀に活躍した絵師としては、
百済河成(くだらのかわなり)や巨勢金岡(こせのかなおか)の名が伝わっています。

それでは、最後に解答を載せておきましょう。

平安4解答.jpg



次回からゴロ合わせを見ていきます。
藤原氏が他氏を排斥しまくるので、覚えることがいっぱいですよ~!

画像出典
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%B8%E7%BF%B0
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A2%A8%E4%BF%A1%E5%B8%96
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A9%98%E9%80%B8%E5%8B%A2
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%A4%E7%94%9F%E5%AF%BA
http://www.jingoji.or.jp/treasure01.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%83%E8%88%88%E5%AF%BA
http://www.toji.or.jp/ten.shtml
http://www.nara-yakushiji.com/guide/hotoke/hotoke_hatiman.html
http://wakuwaku-nara.com/ibent/hotukejikannon/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%B3%E5%BF%83%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8D%E5%8B%95%E6%98%8E%E7%8E%8B
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A5%BF%E5%A4%A7%E5%AF%BA_(%E5%A5%88%E8%89%AF%E5%B8%82)
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コメント 4

莉奈

とっても分かりやすくて、イラストも楽しいです!素晴らしいブログをありがとうございます(*´∇`*)
空海さんが色々とハンパない…笑笑
by 莉奈 (2018-02-12 23:21) 

春之助

莉奈さま

嬉しいコメント、ありがとうございます!
空海さん、ほんと色々ハンパないです…(笑)
by 春之助 (2018-02-13 13:05) 

貞永大樹

地元(滋賀県)の書道競書誌で、日本書道史の執筆を担当しております。
空海の記事が面白く、春之助さんのイラスト(空海が筆を投げる場面)を使いたいと思っています。
ブログメールに進めないので、こちらから申請する次第です。
ご面倒ですが、ご連絡をいただければ幸いです。
by 貞永大樹 (2018-10-07 17:07) 

春之助

貞永大樹さま

嬉しいご連絡、ありがとうございます。
ブログメールに進めないとのこと、たいへんご迷惑をおかけしました。お使いのセキュリティソフトによってはブロックされてしまうようです。
設置しなおしましたので、ご面倒をおかけしますが、再度ブログメールよりご連絡をいただけると助かります。
申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
by 春之助 (2018-10-08 00:20) 

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