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奈良時代(7) [まとめプリント]

天平文化の2回目は、建築・仏像・絵画・工芸をとりあげます。



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最初に建築物を7つ見ていきましょう。

①法隆寺夢殿(ほうりゅうじゆめどの)
  珍しい八角形の建物です。
  夢殿の本尊は、飛鳥文化で登場した救世観音像です。
  フェノロサが包帯をぐるぐる解いてしまったあの仏像ですよ、あわせて復習しておきましょう!
②法隆寺伝法堂(ほうりゅうじでんぽうどう)
  聖武天皇の奥さん(光明皇后のほか4人ほどいたようです…)の1人である
  橘古那可智(たちばなのこなかち)の住宅を仏堂に改造したものと伝わっています。
  当時の貴族がどんな家に住んでいたのかを知る貴重な手がかりとなる建物です。
  なお、①と②はいずれも法隆寺式伽藍配置から東に300mほど歩いたところにあります。
③東大寺法華堂(とうだいじほっけどう)または東大寺三月堂(とうだいじさんがつどう)
  3月に法華会(ほっけえ)という法要がおこなわれた時期があったことから、この名があるようです。
  プリントの写真のように西側から法華堂を見ると、
  向かって左側が三角形、右側が四角形になっているのが特徴です。
  法華堂には天平文化を代表する仏像がたくさん安置されていますので、のちほど取り上げます。
④東大寺転害門(とうだいじてがいもん)
  東大寺が創建されたときにつくられた門のうち、唯一現存しているものです。
⑤正倉院宝庫(しょうそういんほうこ)
  聖武太上天皇の死後、彼が大切にしていた品々や大仏開眼供養で使用した品々を、
  奥さんである光明皇太后が東大寺に献上したのですが、それらをながらく保管してきた倉庫です。
  宝物は現在、正倉院宝庫のすぐ近くに建てられたコンクリート造りの倉庫に収蔵されています。
  正倉院宝庫の写真を見ると、扉が3つあることが分かりますね。
  正倉院倉庫は北倉(ほくそう)・中倉(ちゅうそう)・南倉(なんそう)という3つの倉で構成されているのです。
  両サイドの北倉と南倉には、校倉造(あぜくらづくり)が用いられています。
  ちなみに、いずれの倉の扉も開けるには勅許(ちょっきょ、天皇の許可のこと)が必要です。
  このような倉を勅封倉(ちょくふうそう)といいます。
 先ほど述べたコンクリート造りの倉庫も、もちろん勅封倉です。
⑥唐招提寺金堂(とうしょうだいじこんどう)
  奈良時代に建立された金堂として、唯一現存しているものです。
⑦唐招提寺講堂(とうしょうだいじこうどう)
  平城宮の東朝集殿(ひがしちょうしゅうでん)という建物を移築・改修したものと伝わっています。
  平城宮の宮殿の様子を伝える唯一の建物です。
  ちなみに、講堂とはお坊さんたちが学問や研究をおこなう場所でしたね。
  南都六宗の律宗は、ここを拠点にさかえたわけです。

建築の最後に、飛鳥文化白鳳文化に続けて伽藍配置を取り上げましょう。
天平文化で登場する伽藍配置は、東大寺と大安寺の2種類です。
飛鳥文化の伽藍配置は、仏舎利をおさめる塔を中心としていましたが、
天平文化のころになると、本尊を安置する金堂や、学問の場である講堂が重視されるようになります。
東大寺式伽藍配置も大安寺式伽藍配置も、塔が歩廊の外に出てしまっているのが分かりますね。 

それから、①~⑦の建築物のように、このころ礎石(そせき)や瓦(かわら)を用いた壮大な建物が多くつくられます。
瓦はもちろん屋根にのっかっているアレです。
礎石はというと、建物の土台となる石のことです。
次の2枚の写真を見てください。
1280px-Todaiji10s3200.jpg 1280px-Kaidan-in_Todaiji_JPN.jpg
1枚目は先ほど登場した東大寺法華堂、2枚目は東大寺戒壇堂という建物です。
赤く丸をつけた部分が礎石です。
柱が乗っかっているのが分かりますね?
このように礎石の上にたてる柱の方が、土の湿気などを直接うけてしまう掘立柱より長持ちするそうです。
しかも地震にも強いんだとか。
いまでいう免震構造ってやつです。
「○○の跡」というような遺跡に行くと、石が整然と並んでいることがありますが、それが礎石です。
たとえば、安土城の天守閣跡は、こんな感じで礎石が並んでいます。
無題0.png
この上に柱がたっていて、一体どんな建物があったのか…想像するだけでワクワクしますねぇ…

次に、仏像をみていきましょう。
天平文化では仏さまだけでなく神さまの像も多く登場しますが、以下では便宜上ひっくるめて「仏像」と表記します。
ご了承ください。

天平文化の仏像は、おもに2種類の方法でつくられています。
1つが塑像(そぞう)、もう1つが乾漆像(かんしつぞう)です。
塑像は、綱引きで使うようなガシガシの縄を巻きつけた木製の芯に、粘土をどんどんくっつけて形づくるものです。
一方、乾漆像は、土や木でつくった原型に麻布をはり、その上から高価な漆を塗ってでカチカチに固めたあと、
底や背中などの目立ちにくい部分を切り開いて原型を取り出し、傷口をふさいで完成させるものです。
見た感じは、前者は粘土なのでザラザラ、後者は漆なのでテカテカです。

チョコレートでたとえると、塑像は中までぎっしりつまった食べごたえのあるチョコレートで、
乾漆像は表面だけ型をとって中はカラッポの食べたらボロっと崩れるチョコレート、って感じですかね。
なんとなくイメージできましたか?

では、塑像から見ていきましょう。

①東大寺法華堂執金剛神像(とうだいじほっけどう しつこんごうしんぞう)
  あの良弁さん(詳しくは奈良時代(6)をご覧ください)がつくったというウワサがある神様の像です。
  法華堂の奥にある厨子に安置されていて、通常は非公開なのですが(これを秘仏(ひぶつ)といいます)、
  良弁さんの命日にあたる12月16日だけ、毎年公開されています。
  いつも厨子の中にいて、日の光や風にあまりあたらなかったため、保存状態がたいへんよく、
  現在も天平時代の美しい彩色を見ることができる貴重な塑像です。
②東大寺法華堂日光菩薩像・月光菩薩像(とうだいじほっけどう にっこうぼさつぞう・がっこうぼさつぞう)
  よく似た2人ですが、両者を識別せよなんていう入試問題はありませんからご安心ください(笑)
  こちらもよーく見ると、美しい彩色がちょっとだけ残っています(とくに日光菩薩、といっても識別は無用です)。
  数年前までは法華堂の本尊の両サイドに安置されていましたが、現在は東大寺ミュージアムに移動しています。
③東大寺戒壇堂四天王像(とうだいじかいだんどう してんのうぞう)
  先ほど写真で登場した戒壇堂にある四天王像です。
  四天王とは仏教における守護神のことで、持国天(じこくてん)・増長天(ぞうちょうてん)・
  広目天(こうもくてん)・多聞天またの名を毘沙門天(たもんてん・びじゃもんてん)の4人をさします。
  最新の研究では、彼らも法華堂に安置されていたのではないか…と指摘されています。
  それにしても…4人ともすごいリアルな表情をしていますよねー…
  広目天が雨上がり決死隊の宮迫さんにしか見えないのは私だけでしょうか……(笑)
  ちなみに、四天王像の足下を見てください。
  それぞれ何かを踏んづけていますよね。
  これ、邪鬼(じゃき)と呼ばれる悪いヤツらです。
  とはいえ、いくら悪いヤツでもそんな踏み方ないでしょ…と突っ込みたくなります。
  持国天なんて踏み方えげつないですもんね、そこ踏んだらあかん!!
  しかし!ご心配なく!!
  鎌倉文化では邪鬼が主役になりますのでお楽しみに~。
④新薬師寺十二神将像(しんやくしじ じゅうにしんしょうぞう)
  新薬師寺は、光明皇后がたてたとされる奈良にあるお寺です。
  本尊の周囲にグルっと立っている12人の神様をまとめて十二神将と呼ぶのですが、
  これがめちゃくちゃかっこいい!
  2011年にJR東海さんのCMにつかわれたのですが、ちょっとこの動画を見てください!!

  どうです、かっこいいでしょう!
  もとはこんな鮮やかな色をしていたのでは…というところまでCGで再現してくださっていて素晴らしい!!
  ほかのCMもよかったらご覧ください、戒壇堂バージョンもおすすめです。

続いて乾漆像を見ていきましょう。

⑤興福寺八部衆像(こうふくじ はちぶしゅうぞう)
  八部衆という8人組の神様のうち、最も有名なのが阿修羅像(あしゅらぞう)です。
  インドの神話では悪の戦闘神とされましたが、仏教ではお釈迦さまの守護神となったそうです。
  顔が3つで手が6本、見た目は少年のようですが、なんともいえない表情をしていて心をつかまれますね。
  最近はファンクラブまであるという人気ぶりです。
奈良7-1.jpg
⑥興福寺釈迦十大弟子像(こうふくじ しゃかじゅうだいでしぞう)
  お釈迦さまにはたくさんお弟子さんがいますが、そのうち主要な10人をまとめて十大弟子といいます。
  なかでも須菩提像(すぼだいぞう・しゅぼだいぞう)、かわいいですよね…
  八部衆像も十大弟子像も、現在は興福寺にある国宝館で見ることができます。
⑦東大寺法華堂不空羂索観音像(とうだいじほっけどう ふくうけんじゃくかんのんぞう)
  362cmもある大きな大きな仏像で、法華堂の本尊です。
  かつては両サイドに日光菩薩像と月光菩薩像が安置されていました。
  おでこにはタテに3つめの目があり、8本の腕をもちます。
  背が高すぎてなかなか見えませんが、とてもきらびやかな冠をかぶっています。
⑧唐招提寺鑑真和上像(とうしょうだいじ がんじんわじょうぞう)
  師匠である鑑真の死が迫っていることを悟った弟子がつくらせた、日本で初めての肖像彫刻です。
  とてもリアルで、いまにも動き出しそうです。
  そして、衣の赤い色や袈裟の模様もよく残っていますね。
  現在は毎年6月5日から7日の3日間だけしか公開されないため、2013年に精巧なレプリカがつくられました。 
⑨唐招提寺金堂盧舎那仏像(とうしょうだいじこんどう るしゃなぶつぞう)
  304.5cmある大きな仏像で、唐招提寺金堂の本尊です。
  光背(こうはい)には、ちっちゃな仏像がいっぱいついていますが、もとは1000体あったようです。
⑩聖林寺十一面観音像(しょうりんじ じゅういちめんかんのんぞう)
  本体の顔のほか、頭に10個または11個の顔がついている観音さまを十一面観音といいます。
  一番見えにくい後頭部には爆笑している顔がついているのですが、
  聖林寺の十一面観音像はそれが失われてしまっています。

仏像は以上です。
長くなりますがもう一息です、最後に絵画・工芸を見ていきましょう。

①正倉院宝物(しょうそういんほうもつ)
  さきほど正倉院宝庫のところで登場しました。
  聖武太上天皇が生前愛した品々をはじめとする、9000点にもおよぶ宝物群です。
  シルクロード(絹の道)を経て日本にやってきたと考えられるような、
  唐や西アジア・南アジアとの交流を示すものも多く見られます。
  たとえば、「螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんごげんのびわ)」には、ラクダが描かれていますし、
  「漆胡瓶(しっこへい)」や「白瑠璃碗(はくるりのわん)」・「紺瑠璃杯(こんるりのつき)」も、
  ペルシアの影響を色濃く受けたものと考えられます。
  6枚組の 「鳥毛立女屏風(ちょうもうりゅうじょびょうぶ・とりげだちおんなのびょうぶ)」は、
  樹の下に唐風の衣装をまとった美女(美女ですよ!)が立っているという構図ですが、
  唐の「樹下美人図」とよく似ていることから、影響を受けたものと考えられます。
  「鳥毛」とありますが、もとはヤマドリの毛を貼ったふわっふわの屏風であったようです。
  なお、毎年10月に奈良国立博物館で「正倉院展」がひらかれます。
  1300年前の宝物が見られる機会なんてなかなかありませんので、ぜひ一度足を運んでみてください。
②薬師寺吉祥天像(やくしじきちじょうてんぞう)
  53cm×31.7cmの麻布に描かれた吉祥天という女神さまです。
  左手に赤い玉を持っていますが、これはどんな願い事でも叶えてくれるシロモノだそうです…
  非公開ですが、毎年元日から2週間ほど特別に公開されています。
③過去現在絵因果経(かこげんざいえいんがきょう)または絵因果経(えいんがきょう)
  お釈迦さまの前世などを、上段にイラスト、下段にお経を配して述べたものです。
  平安時代以降さかんに描かれるようになる絵巻物の源流ではないかと言われています。
④東大寺大仏殿八角灯籠(とうだいじだいぶつでんはっかくとうろう)
  現在も大仏殿の真正面にどどんとある八角形をした金銅製の灯籠です。
  灯籠に火をともすためにつけられたドアの周囲には、音楽を奏でる菩薩さまが彫刻されています。
  東大寺にお参りの際は、大仏さまに直行するのももちろんいいですが、
  ついつい見逃しやすい八角灯籠をお忘れなく!
toudaiji.png

長くなりました、最後までお付き合いありがとうございました。
最後に解答を載せておきましょう。

奈良7解答.jpg



これで奈良時代は終了です。
次回から、平安時代のゴロ合わせを始めます。

画像出典
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E9%9A%86%E5%AF%BA#.E6.9D.B1.E9.99.A2.E4.BC.BD.E8.97.8D
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%A3%E5%80%89%E9%99%A2
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%94%90%E6%8B%9B%E6%8F%90%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA%E6%B3%95%E8%8F%AF%E5%A0%82
http://www.shinyakushiji.or.jp/junisinsho/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E4%BF%AE%E7%BE%85
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E7%A6%8F%E5%AF%BA%E3%81%AE%E4%BB%8F%E5%83%8F
http://www.toshodaiji.jp/ganjin.html
http://www.toshodaiji.jp/about_kondoh.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E6%9E%97%E5%AF%BA
『正倉院の宝物』(平凡社、1989年)、72~73頁、57頁、38頁、52頁、54頁
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%96%AC%E5%B8%AB%E5%AF%BA
https://ja.wikipedia.org/wiki/MOA%E7%BE%8E%E8%A1%93%E9%A4%A8
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B5%B5%E5%9B%A0%E6%9E%9C%E7%B5%8C
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