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720年 『日本書紀』が完成する [年号のゴロ合わせ]

日本で最初につくられた官撰正史は何でしょう?
「カンセンセイシ」・「セイシ」とは、国家によって公式に編纂された歴史書のことです。

正解は、『日本書紀』です。

これを含め、8~10世紀にかけて6つの正史が作られました。
本のタイトルと、それぞれの本にまとめられた歴史の範囲は以下の通りです。

①『日本書紀(にほんしょき)』:神代(じんだい・かみよ)~持統天皇
②『続日本紀(しょくにほんぎ、読み方注意!)』:文武天皇~桓武天皇
③『日本後紀(にほんこうき)』:桓武天皇~淳和(じゅんな)天皇
④『続日本後紀(しょくにほんこうき)』:仁明(にんみょう)天皇一代
⑤『日本文徳天皇実録(にほんもんとくてんのうじつろく)』:文徳天皇一代
⑥『日本三代実録(にほんさんだいじつろく)』:清和(せいわ)・陽成(ようぜい)・光孝(こうこう)天皇の三代

①~⑥は、まとめて「六国史」(りっこくし、読み方注意!)と呼ばれます。
すべて漢文で、かつ年代を追って出来事を記述する編年体(へんねんたい)で記されています。



さて、『日本書紀』。

編纂事業の中心的役割をになったのは、天武天皇の息子である舎人親王(とねりしんのう)です。
紀清人(きのきよひと)らとともに完成させたようです。

親王(しんのう)とは、基本的には天皇の息子に用いる称号です。
古くは皇子(おうじ)という称号が用いられていましたが(中大兄皇子など)、
律令の成立により、親王という称号が使われるようになったようです。
ちなみに、天皇の娘の称号は内親王(ないしんのう)です。

それにしても、天武天皇の息子さんたちは大活躍ですね…

720.jpg

親王がたくさん出てきてややこしいので、きちんと整理しておきましょう。

『日本書紀』の成立は720年のことです。
神様の誕生、そして日本列島の誕生といった神話の時代(神代)から持統天皇までの歴史を記しています。
これまで取りあげた「憲法十七条」や「改新の詔」などの出典は、『日本書紀』でしたね。

ところで。

そういえば、『古事記』という歴史書は712年に成立しているんですよね…
いずれも歴史書、なぜ8年の間に2つも作られたのでしょう…

どうやら両者は編纂の目的が異なっている、というのが通説のようです。

『古事記』は、日本国内に対して天皇による支配の正当性などを示す目的で、
『日本書紀』は、唐や新羅などの諸外国に対して日本という国家の正当性などを示す目的で、
それぞれ編纂されたと考えられます。

8世紀には律令国家が成立し、それにともなって「日本」という国家意識が高まりました。
そこで朝廷は、「なぜ天皇が日本を統治しているのか」という由来や、
「日本」という国家の形成・発展の経過を国内外に示そうと、
中国にならった歴史書の編纂をさかんにおこなったのでしょう。

それでは、今日のゴロ合わせ。

720年.jpg

『古事記』と『日本書紀』、まとめて「記紀(きき)」と呼びます。
そう、両者は「き」の漢字が違うんですよね。
混同しないよう気をつけて覚えてくださいね!



次回は、百万町歩開墾計画を取りあげます。
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