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縄文時代(2) [まとめプリント]

今日は縄文時代の生活をまとめていきます。



旧石器時代と同様、縄文時代は基本的に食料採取の段階です。
いまのところ、旧石器時代の遺跡から漁労の痕跡が確認されていないので、
旧石器時代は狩猟・採取の生活、
そして縄文時代は狩猟・採取・漁労の生活、とされています。
これだけ周囲を海に囲まれているので、旧石器時代も漁労をおこなっていたのでは…とは思いますが、
確認されていないものは明言できません。

縄文2.jpg

旧石器時代の狩猟の対象は、マンモスやオオツノジカといった大型獣でした。
完新世になると、彼らは環境の変化に耐えられずに絶滅した、と言われています。
ヘラジカはいまでも動物園なんかで見ることができますけどね…

大型獣にかわり、縄文時代の狩猟の対象はニホンシカやイノシシといった中小型獣となります。
相手は小さくてすばしっこいので、縄文人たちは飛び道具を使い始めます。
そう、弓矢です。
でかいマンモス相手に弓矢をあててもカスリ傷くらいでしょうしね、
弓矢は中小型獣相手の縄文時代から使用開始、しっかり覚えておきましょう!

弓矢といえば、矢の先端につける鏃(やじり)。
縄文時代は石で作成していたので、これを石鏃(せきぞく)といいます。
また、とらえた獣の皮は石匙(せきひ・いしさじ)で剥(は)いだようです。
この石器、最初はスプーンだと考えられていて、石匙という名が付けられました。
しかし、取っ手の逆側がナイフのようになっていることが次第に分かり…
これをスプーンとして使うと口が裂けますよってことで、のちにナイフとして使用されていたと修正されました。
でも名前は付けてしまった以上、後戻りはできず石匙です。

次に、おもに女性が担当したとされる木の実などの採取ですが、
縄文時代になると植物の栽培などもおこなっていたようです。
石皿とすり石を使って木の実をすりつぶしたようですが、
ドングリのあくを抜く方法まで知っていたというから驚きです。

縄文時代には漁労の痕跡が確認されています。
たとえば網(綱ではありません、漢字に注意!)のおもりとして使用された石製の石錘・土製の土錘、
骨角器の釣針・銛、そして木製の丸木舟。
こんな不安定な舟でどこまで行けたかというと、遠くは伊豆大島や八丈島までとか…。
なおなお、南太平洋の島で縄文土器が発見されていることから、
縄文人はそんな南国の島までも行っていたのかもしれません…

このように食料の獲得方が多様化したこともあり、縄文人の生活はやがて定住に向かいます。
住まいは竪穴住居。
タテの漢字は堅ではありません、タテなので下のパーツは「立」ですよ!
この住居がいくつか集まって集落を形成していましたが、貧富の差や身分の差はなかったようです。

最後に解答をのせておきます。

縄文2解答.jpg

それでは、今日はここまで☆



次回は縄文時代のラストです。

画像出典
http://www.craftmap.box-i.net/
http://www.pref.okayama.jp/kyoiku/kodai/child-ibutusyokai.html
http://sannaimaruyama.pref.aomori.jp/photo/
http://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/27221/ibutsu/seino_ibutu/js36-49.html
http://www.co-unnan.jp/brand-rekishi.php?logid=236
http://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/27221/ibutsu/seino_ibutu/js36-500.html
http://webarchives.tnm.jp/imgsearch/show/C0042743
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