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奈良時代(3) [まとめプリント]

前回に引き続き、奈良時代の政治の流れを見ていきます。



奈良3.jpg

仏教に夢中の聖武天皇は、光明皇后との間に生まれた娘に天皇の位を譲ります。
孝謙天皇の誕生です。

孝謙天皇の時代、実権を握ったのは、藤原武智麻呂の子である藤原仲麻呂です。
彼は、おばさんにあたる光明皇太后(藤原武智麻呂の妹)を後ろ盾として、どんどん力をつけてゆきます。
そんな藤原仲麻呂を排除しようと、橘諸兄の子である橘奈良麻呂が挙兵しようとして失敗します

こののち孝謙天皇は、藤原仲麻呂が擁立する淳仁天皇に譲位します。
藤原仲麻呂は、自分を「父」と慕ってくれる淳仁天皇から「恵美押勝」の名をもらうなど絶好調。
ますます力をつけてゆきます。

そんなおり、光明皇太后がこの世を去ります。
藤原仲麻呂は、大切な後ろ盾を失ってしまうのです。
さらに、病気の孝謙太上天皇にイケてる僧侶、道鏡がちかづきます。

道鏡を寵愛するようになった孝謙太上天皇は、政治に対する意欲を取り戻します。
そして、淳仁天皇と藤原仲麻呂の政治を批判しはじめるのです。
イトコにあたる孝謙太上天皇からそんなことされちゃぁ、藤原仲麻呂もショックでしょうよ…
藤原仲麻呂は道鏡を排除しようと挙兵しますが敗死し、
淳仁天皇も廃位に追い込まれ、淡路島に流されてしまいます。

結果、孝謙太上天皇は重祚し、称徳天皇となって道鏡とともに政治を開始します。

奈良3-1.jpg

太政大臣禅師、さらに法王となった道鏡は、
宇佐八幡宮の神様を利用して皇位を手にしようとしますが失敗し、
称徳天皇の死後、下野薬師寺の別当に追放されてしまいます。

かわって即位したのは、天智天皇の孫にあたる光仁天皇です。
皇統は、天武系から天智系へとうつります。
実権をにぎるのは、藤原百川です。
藤原宇合の子ですので、藤原式家の人間です。

藤原式家、ここはあとに繋がる重要なところですので、しっかりと覚えておきましょう!

780年には、蝦夷の伊治呰麻呂(これはりのあざまろ・これはるのあざまろ)が東北地方で反乱を起こします。
724年、現在の宮城県につくられた多賀城をおとしいれるほど大規模な反乱で、
こののち東北地方はしばらく戦争が続くことになります。

それでは、最後に解答を載せておきます。

奈良3解答.jpg



次回は、奈良時代の土地制度をまとめます。

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